■何年かぶりにアメリカの知人が遊びに来た。そこで昔植物園といった江ノ島の「サムエル・コッキング苑」に連れて行くことにした。
■子供たちが小さい頃にも一緒に出かけたことがある。今は誘っても断られるだけだが、当時はどこへ行くにもついてきた。煩わしかったはずだが、今となっては当時が懐かしい。
■彼は定年すこし前に退職したが、日本滞在中に学んだ日本語と顔の広さを生かして、日本のN社と元のアメリカの会社との橋渡しの仕事を続けている。陽気だし、アメリカ人には珍しく人の意見によく耳を傾けるので、N社の人は重宝しているようだ。一時は、毎月のように日米を往復していた。N社のエライ人を現地で迎えるためにBMWの大型車を借りていたそうだ。
■車を湘南港駐車場に止める。アメリカ人の例に漏れず、身長は高い(180センチくらいはある)が、体重も相当ある。膝の故障をしばしば訴える。江ノ島の坂道はきついかもしれない、エスカレーター(表示はなぜか「エスカー」)を利用することにしよう。
■登り切って、今度は窓口でサムエル・コッキング苑の入場料と展望灯台昇塔料を、二人合わせて1000円払う。
| ■広場の奥には、ウィンザー広場(イギリス?)があり左手には中国風のあずまやがある。マイアミビーチ広場などという場所もある。コッキングはここに和洋折衷の大庭園を造ったとある。いったいどういう設計方針だったのか、見当がつかない。 ■ウィンザー広場をバックに彼を写す。 ■展望灯台に上ることにする。階段を上がったところで、10分ほど待つがいつまでもドアが開かない。そこは開かずのドアとわかったのはあとのことだ。 ■展望フロアはわずか42メーターの高さだから、あっという間についてしまう。元気な若者なら、エレベーターを使わずに階段で上ることを勧める。あいにくの曇り空で、視界は良くない。それでも逗子とか平塚あたりまで一望できるのは気持ちよい。 |
■坂を下りる途中、ある若者が髪の毛を3色ぐらい染めているのを見て、私の奥さんにそっくりねと彼がいう。ちなみに奥さまは名古屋出身でピアニストの日本人。何を言い出すのかと聞いたら、最近髪を染めたという。彼女は近頃アメリカ人はどうしてこう約束を守らないのかと憤慨しているという。子供たち向けにピアノ教室を開いているが、直前にキャンセルして、悪びれないのが理解できないようだ。日米文化の衝突が奇妙な行動を取らせた原因か。
| [トップページ] | [湘南の見える窓] | [玩物喪志の間] | [形而下の部屋] | [床下] | [郵便箱] |
このサイトはリンクフリーです。 ©2003,2004. 湘南玩物喪志館 館主. (mgr@e-kanda.com)