■7月も半ばを過ぎると落ち着かない。梅雨明けを見計らって、今年も富士山に登りたいからだ。
■富士山は遠くで眺めるもので、登るものではないという意見がある。それはたぶん途中で挫折した人つまり最後まで登ったことのない人の意見だろう思う。
■人を3種類に分けてみる。(1)一度も登ったことのない人。おそらく一度は登ってみたくなるだろうからそうは言わないだろう。(2)登りかけたが、途中で挫折して、引き返した人。この部類の人は言うかもしれない。でもこれは、イソップ物語の「キツネとブドウの房」を思い出させる。どうしても手の届かなかったブドウに対して、キツネが「まだこのブドウは、熟れていないんだ」と言って立ち去る場面だ。(3)登ったことのある人の中にそういう意見があっても不思議はない。確かにこれには一理ある。私自身、初めて登ったときにそう思ったくらいだ。それまでに登ったどの山に比べても、登りも単調なら、下りも単調、山の途中にのどの渇きをいやすわき水もまったくない。
| ■それでもこの季節になると登りたくなる。なぜかなと自問自答しながら、いつの間にか準備を始めている。 ■ごらんの通り、こんなにきれいに見える山はそうざらには無いだろう。この写真は去年、乙女峠から御殿場に向かう途中オートバイを止めて、撮影したものだ。朝焼けの中にそびえる山は神々しいとさえいえる。 ■たいていの人に人気がある登り方は、途中一泊して、ご来光を眺めるやり方だ。日本一の高さを誇る山の上から、ご来光を拝める気分は最高です。やみつきになること請け合いです。 |
■ところで富士山にはどの時期登ればよいのか。これは大問題です。というのは、できるだけ晴れの日に登るべきだからです。そしてそれが実はなかなか予測できないからだ。「梅雨明け十日」という言葉が昔からあるそうだ。梅雨明けから十日ほど、天気がことのほか安定しているという言い伝えがあるらしい。
■なぜそれほどまでに天気の良い日にこだわるのか。真夏とはいえ、富士山の頂上で雨に降られると、ただでさえ寒い上に、体から熱を奪われ、身の危険すら感じます。これは富士山に登頂したことのない人にはわかりづらいかもしれませんね。私はここ毎年登っておりますが、確か2年前は横殴りの雨に降られました。そのとき着ているものといえば、網シャツの上にTシャツです。五合目ではごく普通の服装だったし、おそらく多くの人はTシャツ1枚だけだったのではないかと思います。頂上に着いたときには、視界が数メートル、登山者全員は1軒だけある山小屋に雨宿り。寒くて、体中のふるえが止まらない。その店で注文したのは、熱湯で暖めた瓶入りの牛乳でした。
■今年の夏は異常でしたね、いつまでたっても梅雨明け宣言がありません。一応身過ぎ世過ぎに仕事を持っているサラリーマンだから、好きなときに休めるわけではない。ラジオを聞いていて、梅雨明けしたらしいことを知って、その翌日に登ることに即決。8月2日(土曜日)のことだった。
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