■蛍光灯がつき、ぽつんと母が所在なさそうに座っている。どうしたのかと問うと、「じいさん、まだ帰ってこないんだよ」
■東京の実家に付いたのは、19時過ぎ。こんなことは聞いたことがない。
■何でもバスの定期券の更新手続きに出かけたのは昼1時頃だとか。小一時間もあれば戻れる距離だという。
■父は明治43年生まれの今年93歳。
■年相当なことと言えば、高血圧くらいなものか。耳が遠いが、本人は騒音の激しい職場で働いてきたせいだと言っている。若い頃中島飛行機という会社で職工として働いて、耳を悪くしたのだと説明する。劣悪な環境で過ごせばこういうこともあるかもしれない。年のせいもあるだろう。20年ほど前に補聴器を買ってあげたのだが、面倒くさいのかどこかへなくしてしまったらしい。
■しかしそれ以外は、まだまだ元気。百姓で苦労したおかげか、足腰は今でも丈夫。仕事をしないと食っていけないと言って、親類のやっている町工場まで自転車で時々出かけている。知的好奇心もまだ旺盛で、ぶらっと新宿の新都庁まで出かけたり、神保町の本屋街を歩いているらしい。
■もっとも、新しいIT機器にはなじめないようで、これも20年ほど前に与えたワープロは、いつの間に姪が持っていってしまった。複写機はほこりをかぶっている。ファックス付きの電話機は、ファックスの使い方をいつまでも知らないようだ。携帯電話を持たせようとしたが、はじめから受け付けない。
■いつまでもじっと待っているだけではらちが明かない。警察に電話することを勧める。
■すると母は同じ団地に住む知り合いに電話しようとする。どうやら先ほどからそちらに相談したものの、お互いになすすべを知らず、ただただ困っていたようだ。「おばあちゃん、順序が逆だよ、俺が電話するから」と、110番に電話。
■受付に、行方不明になったことを伝えると、身体的特徴、服装、持ち物等を聞かれる。最寄りの交番から警官を寄こすという。
■20時頃、お巡りさんが二人してやってきた。また同じような質問に答える。
■そのうち警察から電話。今捜索中だが、都内だけでなく近隣府県まで含めた方がよいかもしれない、そのためには正式に捜索願を地元警察署に提出してくださいと言う。では明日出かけることにしますと答える。
■しかし今夜見つからないと、明日届けたとしても、その効果が出るのはさらに遅れる。それならば、今夜中に依頼した方がよいと考え直す。母は、一緒に行って欲しいようなくちぶり。しかし一緒に出かけたら、警察と連絡することができなくなる。私が一人で出かけることにしよう。
■風呂から出て、ビールを飲んだあとで、ほろ酔い気分になっているが、しょうがない。先ほど言われたとおり、捜索願に必要なもの、本人の写真と印鑑をそろえる。ワイシャツを着て、ズボン、靴下をはき直し、鞄を持つ。
■近くの大きな交差点まで歩き、タクシーを拾う。警察署まで10分ほどか。
■受付で、事情を説明。しかし肝心の少年係(おかしな名前だが、老人捜索も含まれるそうだ)の担当者がちょうどこの件で外出中。30分ほど待てといわれる。
■待つ間、自宅に電話。今の状況を知らせておく。
■10分ほど待ったところで、相談係?の人が来て、とりあえず事情を聞きましょうかと言ってくれる。彼について階段に乗り、部屋にはいる。ところが、「さっき見つかったという人と違うの?」と言い出す。それは初めて聞いた、同じ件かも知れないと答える。彼が再度、本部に連絡して、解決したことを確認。
■1階に下りて、私が公衆電話で、確認しようとしたら、この電話を使ってもいいよと言ってくれる。母と連絡が取れ、父がすでに帰宅したことを知った。担当の人たち一同に感謝して、警察を後にする。
■父は本当に記憶を失っていたのか、母にしかられ萎縮しているのか、それとも思い出せないことが悔しいのか、どこをうろついていたのか何も語ろうとしない。そっとしておこう。
■「唄を忘れたカナリヤは 柳の鞭でぶちましょか いえ いえ それはかわいそう」
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