2003年大晦日に除夜の鐘をつく

■今年も近くの海前寺という地元のお寺に寄って、除夜の鐘をついてきた。
■我が家から車でわずか10分。ここ湘南の地に住んでから、ほぼ毎年のように大晦日の夜には、鐘をつくことにしている。
■ここ数年、ある常連を見かけない。藤沢事業所で昔見かけたことがあるから、同じ会社のはず。ただ異動の後は、どこの事業所に勤めているのかは知らない。彼は最近どうしているのだろう。
■いつか日本女性と白人男性カップルも居た。あの二人は今年はどうしたのだろうか。うまくやっているのかしら。我が大和撫子なら何とか丸く国際親善に一役買ってくれるだろう。

■階段をゆっくり上る。近くで燃える木々の炎で、後ろから熱風を感じる。台の上で、止まる。前についた音が弱くなるのをしばらく待つ。
■手を合わせて、一礼。過去への決別と、来る年の願い事をこのときに唱えることがある。その通りに事が運んだ試しは無いのだが、それはそれ。
■お寺の住職が最初についた後、お弟子さんにバトンタッチした後、階段を下りた。そのとき、だいぶ足下が危なく、見ていてひやっとした。
■最初の4,5人がつくときには、お弟子さんがつきかたについて、簡単な指導を与える。一礼を忘れないように、前の人がついた音の余韻が響いているうちについてはいけない等々。それと、打った直後ひもを手放して、二度ついてしまうことの無いようにという注意された人もいる。
■綱を両手で握りしめる。力無く、こつんと申し訳なさそうにつく人がいる。あまりに力任せにたたいて、鐘か棒が割れてしまうのではないかと思う人もいる。過ぎたるは及ばざるがごとし。棒を引っ張り、その反動で一気に前につく。棒が鐘を直撃し、空気の振動が体を包む。

■娘と妻が私の後に続く。それぞれが思いを込めた鐘の音が次から次へと響き渡る。「あれって、108回数えるのかしら?」と娘が帰りの車の中で尋ねる。どうなんだろうか、よくわらかない、時刻で切るのか、回数で制限するのか、そこまで居残ったことはない。未だに答えられない質問の一つだ。
■かくして2003年は過去となり、2004年が今ここに始まった。


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