ここが茅ヶ崎館か |
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■灯台もと暮らし。茅ヶ崎館がどこにあるのかわからなかった。去年9月に小津生誕100年記念で何度かその名前を聞いたはず。(小津安二郎生誕100年記念事業)そのあまりに地元ならどこにでも有りそうな名前ゆえ、かえって「どこ?」なのだ。 ■ふと思い立って、探してみることにした。調べるとホームページ(茅ヶ崎館)がちゃんとある。サザン通り(いつからこんな名前になったのか、あのイベント以来か)を歩くと、「この先茅ヶ崎館あり」のサインを見つける。車一台分の細い道。ところがその後がわからない。二度目のサインがどこにも見あたらず。二股やらT字路を適当に選んでいたら、地元だというのに、迷子になる。70代くらいのおじいさんに尋ねると、「ずーっと向こうだよ」。指さす方向に戻ると、茅ヶ崎公園に出てしまう。50代くらいのおばさんに尋ねると、元来た方を指さす。3人目は、30代くらいの若夫婦の旦那。「え?茅ヶ崎館、それ何ですか?」 ■国道134号線沿いの防砂林に隠れて、静かなたたずまい。当時は、周りに民家もなく波の音だけが聞こえる場所だったとか。ごらんのようにこぢんまりとした旅館で、駐車できるのは二、三台か。 ■小津監督の泊まっていたのは、二号室で、天井が今でも黒光りしているとか。なぜか?彼がすき焼きに目がなく、部屋に鍋を持ち込んで、客にすき焼きをごちそうしたそうだ。 ■小津ゆかりの地としては、仕事場であった湘南が何と言っても知られている(湘南の夏まつり)。そういいきってしまうと、彼の育った三重県人から怒られそうだが。(三重テレビ放送) ■生まれは、東京は深川(現在の江東区)だが、そちらはあまり縁がなさそう。松竹撮影所があったのが大船、定宿にしていた茅ヶ崎館のある茅ヶ崎、ロケに使われた鎌倉、そして「無」と刻まれたお墓のあるのがやはり鎌倉。この事実からすれば、「湘南の小津」と言う言い方も許されるだろう。 ■とはいえ、小津の評価が死後高まり、「湘南の」「日本の」から「世界の」小津と広がったといえるだろう。(生誕100年小津安二郎特集、♪♪ Sadanari Deluxe eiga980705_05)。正直言って、私は小津の作品自体はほとんど見ていない。でもアキ・カウリスマキ(聖なる酔っ払い、アキ・カウリスマキの世界)、ヴィム・ヴェンダース(★WENDERS★)が小津の影響を明言していると知ると、「つん読してある本」の内容がうすうすわかるというもの。 ■我らが小津は、「そうかね」「そうですわ」「やっぱりそうかね」「やっぱりそうですわ」。一方、アキ・カウリスマキの「浮き雲」のワン・シーン、「俺が悪かった許してくれ」「許さないわ決して」「帰ろう」「いいわ」 |
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