あのフェニックス? |
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■その地名を最初に聴いたとき、即座に思い浮かべたのは、グレン・キャンベルの「恋はフェニックス」。ある年代の人には、この1968年グラミー賞最優秀アルバムに選ばれた曲が懐かしい。 ■原題は「By The Time I Get To Phoenix 」とあるのでかなりの意訳。地名(Phoenix)ではなく、不死鳥のフェニックス(phoenix)とかけたのではないかという説もある。もっとも地名そのものも、インディアンの廃墟から不死鳥のごとくよみがえったということから名付けられたと辞書にはある。そこまで考えた意訳なら、それはそれで大変な名訳と言うことになる。 ■三日間という短期研修がフェニックスで開かれ、参加した見聞録を今回は記すことにしよう。もっとも研修期間中、ホテルと研修会場との往復だけ。とうとうフェニックスの市内を観る機会無くあわただしく米国を発つことになる。従って、フェニックスでの体験は、空港、ホテル、会場に限られた。
■昔、渡米したときと違うのは、両指の指紋を採られることと、顔写真を取られるという生体検査を義務づけられたこと。日本では1992年まで在日朝鮮人を対象に行われた指紋押捺制度(*1)が非人道的と悪名高い。しかし、アメリカではこれが2004年9月30日入国者より新たに義務づけられた。時代に逆行するのか、それともこれが時代の流れか。
*1 「指紋押捺制度の変遷」 *2 たとえば、「ANA SKY WEB」とか「短期旅行で指紋スキャン!?」 |
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