そして母までが、介護は続くどこまでも |
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■「リハパンを用意してください」と紙に記されている。介護支援センターの担当者が書いたもの。「リハパン」とはいったい何だ?。ひょっとして「リハビリテーション・パンツ」の略か、つまりおむつのことか。ついにここまで来たか。 ■きっかけらしきものは、風呂場での転倒から始まった。1月末、会社の帰りに寄ったところ、うめき声が聞こえる。風呂から出たときに足を踏み外したようだ。どういう風に倒れたのか、足から血が流れている。 ■まるでつるべ落としのようだ、それをきっかけに生活ががらりと変わった。 ■料理、洗濯、買い物、入浴、掃除といった生活の基礎能力が次第に失われていく。押し車を一人で押して近くのスーパーに買い物をしなくなった。料理のメニューが次第に減っていく。そしてある日ついに料理を作らなくなった。こちらの差し入れをそのまま期待するようになる。洗わないので、下着やらタオルはたまる一方。しばしば部屋で転んだまま、一人で起き上がれない。顔を洗わないので、目やにがたまる。トイレに間に合わないことがあるようだ。実家に顔を出す度に、その急激な生活の変化にとまどうばかり。 ■介護支援センターに相談して、かかりつけ医までヘルパーさんに通院を頼むことにした。 ■区役所から担当者が来て、要介護認定の調査してくれたのが倒れる二週間前。あのとき母は、ほとんどの質問を問題なしと答える。確かにあのときまでは、曲がりなりにも一人で何でもやっていた。「あたしは、風呂が大好きだからネ、毎日一人で入ってますよ」自慢げに答えたものだ。デイ・サービスとかヘルパーさんの話をし向けると、はなからトンデモナイという仕草。 ■本人自身が困ったという自覚がない以上無理ですね、と最後に別れ際に言われた。調査員も困ったし、調査を依頼した私はもっと困った。調査の欠陥は、質問に対して本人ができると言ったら、丸になってしまうこと。 ■それでも後日、送られた調査結果は要介護1。そしてわずか一ヶ月で色あせた認定。
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